「学校に行かない選択」の先は?・・一人ひとりに合った「学びの場」を。

先日の、練馬区の講演会での、参加者の方からの質問にお答えするシリーズ2回目です。

質問②:「学校に行かない」という選択をした際、「行かない選択の先には何がありますか?」

 

「学校は行かなくてもいい」と思いますが、「子どもたちの学びをどう保障するか」は大事な問題です。
成長していく子どもたちにとって、「学びの場」(「=勉強」という狭い意味ではなく)は必要です。

かといって、「フリースクール(のような学校に代わるところ)に通わなければならない」ということでもありません。

その子にとって必要なことは何か。
ひとりひとりに合わせて考えることが重要だと思います。

例えば、「学びの場」としては、次のようなところがあります。

・「不登校だけど、遊び場や習いごとで友達との関わり合いはある。でも、勉強は心配」という場合は、
自分ですすめられるタブレット教材や、不登校に理解のある塾など、「勉強する方法」を見つけられるとよいですね。

・「勉強はなんとかなりそうだけど、退屈で友達を欲している」のであれば、
放課後の児童館や公園などで遊べるといいですね。

・また、習いごとなどを継続していれば、学校でなくても「家庭以外の仲間」とつながっていられます。

・時間を持て余していたり、何をしてよいかわからなかったりするのであれば、不登校のお子さんの「居場所」として設けられているところを利用してみるのもよいかもしれません。

・「学校はしんどいけど、学校のような場所がイヤだというわけではない」のであれば、自治体が設置している「適応指導教室」に通ってみるのもよいかもしれません。

・「ホームスクーリング」として、家庭をベースに学びを進めている方もいらっしゃるようです。

・そして、「フリースクール」に通うという選択肢もあります。

十分でないとはいえ、このように、「学校で学ぶ」以外の選択肢も増えてきているように思います。

 

とはいっても、まだ、希望を感じられない方も多いのではないでしょうか。

多くのご相談からは、無気力状態に陥っていたり、自分を否定する気持ちでいっぱいだったりで、動けなくなってしまっているお子さんの姿が見えてきます。
そのような状態では、「どこともつながれそうもない」と感じるのも無理はありません。

「学校は行かなくてもいい」。

いくら大人がそういったところで、「学校に行かない/行けない」ことは、子どもの心を大きく傷つけます。

「自分なんてダメだ」「自分は社会不適合者だ」「自分はクズだ」

「学校に行っていない」というだけで、自分のことをそんな風に言うお子さんも多くいます。
「不登校」を選ぶことは、今の社会では、本人にとって大きなダメージにつながっています。

そのような中で、「じゃあ、ここに行ったら?」という提案を、受け入れられるわけがありません。

大人から見ると、「少人数だったらいいのでは?」「やりたいことができる自由な場だったら行けるのでは?」と感じるところでも、
子どもにとっては「はじめての場」「はじめての先生」「はじめて出会う仲間」であり、新しいクラスに入るような緊張がある、大きなチャレンジなのです。

だからやっぱり、前回の投稿のとおり「まずは安心して過ごせること」

しばらく、家で好きなことをするなど、自分のペースで過ごせばいい。
気軽に行けるところがあれば、そこで過ごすのもいい。

不安や葛藤があれば、まず、ゆっくり休養して動き出すための充電を。
新たな場とつながるチャレンジには、前向きな気持ちやエネルギーが必要です。

「お子さんのために」と思っても、先回りして進めることは、お子さんにはストレスとなります。
何もしてないようでも、心の中には葛藤があり、自分との闘いがあります。
ダラダラ、ゴロゴロ、を見守る期間も必要です。
「退屈だな」「つまらないな」と感じるから、「どこかに通いたいな」「友達がほしいな」と次に向かう気持ちになるのだと思います。

不安であれば、情報だけは集めておいて、どうするかは、子どもの気持ちが動いてから決めたらいい。
お子さんの気持ちを真ん中に、考えていくとよいのではないでしょうか。

次回は、「でも、進路や勉強が心配」ということについて、お答えします。

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